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天野スポーツのゲームコーナーのこと

我が青春のホームグラウンド


店舗外観

愛知・西尾に「天野」あり!

愛知県西尾市に「天野スポーツのゲームコーナー」またの名を「天野ゲーム博物館」というゲームセンターがあります。2016年現在、ここは「天野ゲーム博物館」の名の通り、古き良き時代のゲームが揃ったレトロゲームが楽しめる店という文脈で語られることが多いのですが、私tee-suzuki個人には、レトロゲームの店というよりは自分のビデオゲーム人生の中でも大きなウエイトを占める「ホームグラウンド」としての意味が濃い店なのです。

今回は「天野ゲーム博物館」が「天野スポーツのゲームコーナー」だった頃の思い出と、2016年の「天野」について書き残してみたいと思います。


愛知県の老舗ゲームセンター


「天野スポーツのゲームコーナー」(本稿では愛情を込めて「天野」と呼びます)がいつからあるのか、実はよく知りません。1980年代にはすでに地元のゲームセンターとして有名な存在でした。
西三河という名古屋まで足を運ぶにはややハードルの高い立地の中で、ロケテストやハイスコア集計が行われていることもあり、当時から非常に活気のあるゲームセンターでした。

2016年現在は「レトロゲームが遊べる店」としての印象が強い天野ですが、そもそもレトロゲームうんぬんではなく、現役当時から店主さんがゲームを大切に扱っていたら自然とそうなっていったという気がします。90年代をしてパックマン(1980年/ナムコ)がオリジナル筐体で稼働している店もなかなか無かったのではないでしょうか。


90年代の天野


「天野スポーツのゲームコーナー」画像検索結果

「天野スポーツのゲームコーナー」で画像検索をすると、いろんな天野の風景が...

ビデオゲーム黎明期からの営業ということもあってか、店内はテーブル筐体がほとんど。店内の限られたスペースにはメインのテーブル筐体のほかに、店内奥にアップライトや特殊筐体があるというのが90年代の天野の風景でした。

それまでも通ってはいたものの、自分で働きはじめた90年代半ばから後半ごろが、自分にとってもっとも天野で過ごした時間が長い時期になります。当時、仕事が終わったらその足で天野へ向かい、閉店まで遊んでいるのが日常だったものです。一人暮らしだった自分は、天野で少し遊んでは店内で焼きそばUFOを食べていました。夕食をそれで済ませて、0時の閉店までずっとゲームを遊んだり、眺めたり、話したりしていたのでした。

90年代半ばから後半といえば、当時を知る方はピンとくるかと思いますが、全国的に対戦格闘ゲームが大流行して円熟期を迎えていた時代です。当時の天野は1プレイ50円ということも手伝って、連日大盛況の様相を呈していました。他のゲームセンターでも見られたように、対戦などからいつの間にか仲良くなって、名前も知らない仲間達といつまでも遊び、話し、という光景が天野にもありました。

もちろん対戦格闘以外にも、シューティング、アクションなど遊ぶゲームにことかかない天野ですから、時間はいくらあっても足りない楽しい毎日でした。前述のようにハイスコア集計も行われていたのですが、自分が唯一ギャプラス(1984年/ナムコ)で店内ハイスコアを更新したのもこの頃です。

当時ギャプラスをプレイしていたのは、店舗の交差点向かいの別館。天野本体の1/3ほどの無人スペースに15台ほどのテーブル筐体が置かれていて、ある意味「天野ゲーム博物館」の原点のような場所でした。無人かつ当時あまり稼働率の高くないゲームが揃っていたため、正直に言うと結構な恐怖を感じる空間であり、本館に残る友人達に30分戻らなかったら様子を見に来て、と冗談半分・本気半分で言い残していました。自分がプレイするゲームと、1台だけデモで妙に響く声が鳴る「麻雀スーパーマル禁版(1990年/YUGA)」がとにかく怖かったことを今でも覚えています。残念ながら、このスペースは本館奥に「天野ゲーム博物館」ができる直前に、道路拡張があってか取り壊されています。

(この現在空き地のようになっている場所に、別館がありました)

天野との別れ、そして再会

これだけの濃密な時間を過ごした天野でしたが、2000年代に入り、転職による主な生活地域の移動や当時台頭してきた音ゲーを目的とした各地のゲームセンターへの転戦がきっかけとなり、個人的に徐々に足が遠のいていきます。天野は前述の通りテーブル筐体がメインで、店内狭しと並んでいるため、音ゲーとは相性が悪い空間です。営業方針などなど諸般の事情もあったことと思います。

天野は天野のままであったのに、当時の自分の都合で、ホームグラウンドを離れてしまいました。寂しさはありますが、ずっと心にはあのころの思い出がありました。その後生活基盤が完全に西三河から離れてしまったことで、ずいぶん長い間、天野には行けずにいました。ただ「天野はそこにあるから」という甘えがあったのも事実です。

そして、2016年4月、自分の生活でぽっかりと空いた時間ができました。よーし、天野行こう! というわけで、一体何年ぶりかわからないのですが、久しぶりに「天野スポーツのゲームコーナー」へ行ってみることにしたのです。

と、いうわけで、あまりにも長くなりましたので、今回は一旦、前編「天野スポーツのゲームコーナーのこと」として締めさせていただき、後半「天野ゲーム博物館のこと」へ続きます! 後半では2016年の天野の今を書き残したいと思います。
それではまた。



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